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臨床心理士という資格

書いているうちに真面目な(つまらない)長文レポートになってしまいました。関心のない方は、最初の項目だけ読んでください!

臨床心理士資格更新

最近、5年毎に更新しなければいけない日本の臨床心理士の資格証が届き、少しほっとしています。日本の運転免許証と共に、「必要かどうかはわからないけれど、一応更新」しておきたいものなのですが、臨床心理士の資格更新は、運転免許証の更新より面倒なのです。

日本在住者なら、ひよっこもベテランも、もれなく「ポイント」をためなくてはいけません。せっせと講演会や学会やワークショップに出たり、あるいはスーパービジョンを受けたりして小さなポイントを集めたり、講師として参加して、もう少したくさんのポイントをもらったり、論文や本を書いて、さらにたくさんのポイントを一気に集めたり・・・と、内容は違っても、臨床心理士として現場で働くこととは関係のない研修や研究が義務づけられています。

海外在住者は、ポイントは集めなくていいのですが、現地での就業状況以外に研修・研究内容を申告すると共に、最低原稿用紙30枚の分量の臨床研究レポートを提出して審査を受けます。

5年というのは、長いようであっという間にやってくるので、更新しろというお知らせが来るたびに気が重いのですが、この手続きをしながら、この資格はやはり「きちんとした」ものだとも思えます。

心理カウンセラーと臨床心理士

「心理カウンセラー」は、医師や看護師と違って誰でも名乗れる職業なので、心理カウンセラーを自称して看板を出しても、誰にもとがめられません。長い間の教職経験を生かして定年退職後に心理カウンセラーになる人もいれば、苦労や困難を乗り越えたあと、同じ苦しみにいる人を助けたい、と心理カウンセラーになる人もいます。

「心理カウンセラーとしてのトレーニングを受けた」という場合にも、カウンセラー養成講座というのは日本に数えきれないぐらいあり、極端に言えば、数時間とかせいぜい数週間の講習を受けて修了証をくれるところだってあるという玉石混交状態です。「〇〇認定カウンセラー」と言われたとき、一般の人には、玉と石の見分けようもありません。

そんな中、1988年にスタートした「臨床心理士」の資格は、・・・以下、ウィキペディアの引用・・・

知名度・取得難易度ともに最も高いものとされ、文部科学省の任用規程により全国のスクールカウンセラー(学校カウンセラー)の資格要件とされているほか、国境なき医師団日本支部においてメディカルスタッフの資格要件として掲げられているなど、医師職において医学系学会が認定する臨床専門医資格や看護職において日本看護協会が認定する専門看護師資格などの各業界内民間資格と同様の心理職業界内専門認定資格ながら、公的にも活用されている資格である。

といえます。

もちろん「臨床心理士」の資格の有無よりも、心理カウンセラーとしての力量の有無の方が、大事であることは言うまでもなく、臨床心理士の資格がなくても、‟そこらへんの臨床心理士”より、ずっと能力のある心理カウンセラーはいくらでもいます。

臨床心理士資格の有無は、たとえば、大卒かそうでないかの違いみたいなもので、大学を出ている人が、出ていない人より学力が高いとは言えないけれど、大学に行った人のほうが「一定の学力があることが多い」、という感じかと思います。OKWebよりIDii24さんのことばを借りると、大卒・高卒の差というのは確率の違いであり、

つまり僕に言わせると高卒は賭けである。といえます。

という面があるように、臨床心理士の資格のある心理カウンセラーは、「ひとまず無難」な選択として認知されているのではないでしょうか。

民間資格と国家資格

それで、臨床心理士制度は、実質的には日本の社会に確実に浸透してきていたのですが、この資格には「しょせんは民間資格」であるという弱みがありました。国家資格ではないことによって、立場や権利が守られないということで、日本臨床心理士資格認定協会は、当然、この資格を国家資格にしようと躍起になっていました。この協会の設立者である河合隼雄氏が2002年に文化庁長官に就任して、政治の世界に参入したことは、間接的に、臨床心理士の国家資格化に向かう大きなチャンスの到来でもあるのではと期待する声も多かったのですが、それがかなわないまま2007年、河合氏まさかの急逝。日本臨床心理士資格認定協会は、大親分を失ってしまいました。

ここで、話がややこしくなってくるのですが、臨床心理士国家資格化の動きがとん挫している中、臨床心理士より資格取得にあたってハードルの低い「公認心理師」というのができて、それが国家資格になるという法案が2015年に可決されました。心理カウンセラーとして初の国家資格です。
‟知名度・取得難易度ともに最も高い”臨床心理士が、国家資格になれず、民間資格のままでいたところに、取得難易度の低い公認心理士が国家資格になるというのですから、せっかく苦労して臨床心理士になった人たちにとって、これは、複雑な思いのするニュースです。

国家資格法案に対する臨床心理士協会の主張

法案が可決される前の2015年1月付の日本臨床心理士資格認定協会の会報(「臨床心理士報」第26巻第1号、通巻48号)より、馬場禮子氏の巻頭言「改めて国家資格法案のあり方を問う」より引用します。

臨床心理士は、援助を求める人々に対して、肌理の細かい、深みのある、丁寧な援助をすることが必須であり、そのための臨床心理士の教育・訓練には、計り知れない努力、配慮、工夫が求められます。臨床心理士を養成する大学院では、多くの教員が、授業数ではカウントしきれないほどの時間を使って臨床指導をしています。そうしなければ、真にこの仕事で役に立つ人を社会に送り出せないことは明らかなのです。・・・しかし、それでもまだ不足であるという批判さえ出ています。・・・大学院での臨床訓練が不足している、従来の学習科目だけでは対応できない領域も増えているなど、本協会としても課題となっています。
・・・このような時に、心理職の基礎学習のレベルを引き下げるような、国家資格の提案があるとは、どういうことなのでしょうか。修士課程を2年間ぎっりしやっても足りないほどの課題があるというのに、学部卒でもよいというのは、心理職なるものの実際を知らない提案としか思えません。学習科目数の問題だけではなく、人間としての成長過程から見ても、せめて修士課程程度に大人になっていることが、この仕事には役に立ちます。
・・・また、どのような場にあっても「主治の医師がある場合はその指示を受ける」という条項が入ることは、臨床心理士の独自性や主体性を無視するばかりでなく、クライエントの選択の自由を奪い、心理療法関係の信頼性を脅かす重大な問題です。その重大性を看過しようとする国家資格法案にわれわれは疑義を呈するのは、後づけの省令・法令で解決できることではないからです。
このようなところから、本協会はすでに法案の修正を繰り返し要望してきました。もし今後もこの問題が続くのであれば、的確な対処を続けなければならないでしょう。ようやく道半ばまで進んで来た臨床心理士の歩みを止めることはできません。

「臨床心理士」は、心理カウンセラーを、医療現場の中で、「医師を頂点とするピラミッド」の中に置かないこと、心理カウンセラーに、医師と対等の自由裁量権を持たせることを目指した資格です。たとえば、大学院修士課程まで修了することを条件とすることは、医学部教育の6年間に匹敵する教育期間を意識しています。ところが、今度、国家資格になる「公認心理士」は、大学院まで行かなくても取れる資格なので、医師の配下に置かれてしまうというわけです。

「シカク情報部」のサイト、http://www.brush-up.jp/article/shikakuj/38/でも、以下のようにまとめられています。

心の問題が大きく取りざたされる昨今、心理のプロとしての資質を証明できる国家資格は、待ち望まれていたが、可決された法案にはいくつかの問題点も指摘されている。

1. 現在、心理職の主要な資格となっている臨床心理士が大学院卒の学歴を必要とするのにくらべ学歴要件がゆるやかになることで、心理職の質が低下するのではないか。

2. 臨床心理士は5年ごとの資格更新が必要だが、公認心理師には資格更新の義務付けが予定されていない。資格の質を維持するためには、更新制度が必要ではないか。

3. 心理的支援に「医師の指示」が必要になることで、心理の専門職である公認心理師の主体性が制限されること、心理的支援が円滑に進まない恐れがあることが心配されている。

とにもかくにも、喧々諤々の末に、公認心理師法は成立し、それを受けて現在の臨床心理士協会の態度は、

本協会は、公認心理師法に協力して取り組む方向で協議を進めています。
・・・広く多様性を尊重して、臨床心理士は、公認心理師との適切で妥当な共存共栄関係の新たな創造をめざします。

ということです。(臨床心理士報50号同封の文書。2016年・平成28年2月8日付で本認定協会ホームページにも掲載)。

ちなみにスウェーデンでは、PsychotherapistとPsychologistというふたつの国家資格があり、サイコセラピストの方が、サイコロジストに比べて、簡単に取れる資格となっています。ちょうど、資格取得難易度の点では、ちょうど公認心理師と臨床心理士のような違いになり、サイコロジストは、サイコセラピストの領域をカバーした上で、さらにプラスアルファの領域の仕事ができるようになっていて、ふたつの資格は「共存」しています。

※ 臨床心理士認定協会ホームページはこちら。http://fjcbcp.or.jp/
※ 臨床心理士が国家資格ではない理由については、http://counselor-naritai.seesaa.net/article/377774877.htmlも参考になります。




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