外国で老いるということ
外国で老いるということは、ただ異国で年を重ねるというだけのことではありません。
その土地の生活習慣や言葉、文化の中に身を置きながら、自分がこれまでどう生きてきたかを振り返り、少しずつ老いを受け入れていく。そこには、懐かしさと新しさが交差するような、独特の時の流れがあります。
そして、これからの暮らしをどう整えていくか――医療や住まい、地域とのつながり、家族との関わり。その一つひとつを見つめ直しながら、自分に合った形を探していくことが求められます。
家族や身近な人たちの支えを受けながら、少しずつ今ここでの生き方を形にしていく。外国で老いるというのは、そうした試行錯誤のなかで、自分らしい暮らしを見つけていく過程なのかもしれません。
日本に帰るのか残るのか
外国で長く暮らすうちに、ここが自分の居場所だと感じる人もいれば、老後はやはり日本で過ごしたいと思う人もいます。日本のような細やかな配慮や地域のつながりが恋しくなることもあれば、異国ならではの自由さや多様性の中で、解放感を覚えることもあるでしょう。
「帰るべきか、この地にとどまるべきか」。その問いは、単なる二択というよりも、自分の人生の根底に関わる問いでもあります。
日本の親の介護や看取りはどうするか
自分が歳を重ねるにつれて、日本にいる親も確実に老いていきます。
親の介護や看取りをどうするか――それは多くの人にとって避けて通れない課題ですが、海外で暮らしている場合、その難しさはいっそう大きくなります。
すぐに帰れない距離、仕事や家族の事情。駆けつけたい気持ちと、どうにもならない現実の間で葛藤する人も多いでしょう。介護施設の手配や在宅支援の選択を、遠い異国から判断しなければならないこともあります。家族やきょうだいとの話し合いが思うように進まないまま、時間だけが過ぎていくこともある。離れて暮らす子どもにとって、それは無力さを痛感する場面でもあります。
いよいよ容体が悪化したとき、親の最期を見届けたいという願いと、自分の生活を守らなければならない責任との間で揺れることもあります。「今行かなければ一生後悔する」と分かっていても、現実がそれを許さない場合があるのです。看取りに間に合わなかったことを、生涯の痛みとして抱える人も少なくありません。
親を見送った後には、葬儀や遺品整理、相続手続きといった現実的な課題が待っています。短期間の一時帰国ではやりきれないことも多く、思い残しの感覚を残したまま再び外国へ戻らなければいけないこともあります。
あなたはどう生きたいか
異国での人生を振り返ると、そこにはさまざまな経験と変化が刻まれています。
思いがけない出会い、異文化の中で身についた柔軟さ、孤独のなかで培われた強さ。
それらはどれも、その人の生きる力そのものです。
老後をどこで、どのように過ごすかに正解はありません。
しかし、「どう生きていきたいのか」を自分の言葉で語れるようになったとき、人はようやく──そこがどこであっても──今いる場所での暮らしを、自分のものとして納得して受け止められるようになるのだと思います。