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ルーツや愛着対象の喪失、“根こぎうつ”症状の事例

“根こぎ感”によりうつ病になった事例2ケースとその解説を書籍の中より紹介します。2例とも、具体的な状況そのものは、現代の日本人女性には身近に感じられなくても、「安住の地」が得られない気持ちには感情移入できると思います。また喪失体験は、愛する人に限らず愛着のある場所や文化を失ったときにも起こるものだということも理解できる事例です。(全2ページ2,500文字)

聡明で活動的な少女だったA子の事例

A子の個人史と症状

・5人きょうだいの3番目としてカンボジアで生まれる。

・幼少期より聡明で活動的な少女であったので、プノンペン陥落前のカンボジア政府軍に入隊。

・20歳ごろ、全身に砲弾の破片を浴びる戦傷を負う。(両足に中等度の機能障害を残している。)

・同じ軍隊内で知り合った男性と結婚して一女を得たが、A子が25歳のとき、夫が戦死する。

・A子と夫が戦い守ろうとしていたプノンペン政府もまもなく瓦解する。

・混乱の中で、A子の父は餓死。

・27歳のとき、幼い娘と共にタイ国境の難民キャンプに逃れ、日本に行くまでの1年間を過ごす。一時避難所は安住を得る場所にはなりえず、将来に対する心配から不安と抑うつを感じるようになる。

・幼い娘と生き延びる道を求め、日本に定住することが許可されている男性と再婚し、28歳で家族3人で日本へ移住。

・日本へ移住後まもなく、夫の争いが絶えなくなったため、夫と別居し、幼い娘と某小工場主のところで住み込みで働くようになる。

・しかし、母娘ふたりの生活は困難で、1年後、再び夫のもとへ戻る。

・夫のもとへ戻って数週間後に、抑うつ気分、不眠、早期覚醒、怒り、焦燥感を訴えカウンセリングを受診。

A子は、亡き夫と祖国の夢を繰り返し見ると語っている。

A子の症例についての江畑(精神科医)の考察

●祖国で夫、父、自分の身体的健康、自ら戦い守ってきた祖国を失ったA子は、安住の地を求めて流浪の生活を始めたが、どこにおいても安住の地は見出せず、根こぎ感が深まっていった。

●再婚した夫も十分な愛着対象になり得なかったことで、いっそう根こぎ感が深まり、抑うつ感も強まった。

精神力動的には、うつ病は愛着対象の喪失体験に由来すると考えられている。

●A子の生活史の特徴を見ると、たび重なる突然の愛着対象の喪失がある。A子のうつ病が何年にも及んでいるのは、たび重なる喪失体験のために喪の営み(グリーフワーク grief work)を十分に行えず、喪失した対象を内的に再統合して取り入れる間もなく、現実に次々と喪失体験が繰り返された結果、A子は慢性的に喪に服している状態(chronic mourning、ボールビィの用語)になったと考えられる。

●この慢性的に喪に服している状態によって、再婚した夫との関係に困難をきたすという悪循環的根こぎ感により、抑うつ感も強まったと考えられる。

●逆に言えば、A子はそれほどまでに喪失した対象への愛着と一体感が強かったと言える。

 

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